515宮大工の危機(機械設計技術の伝承)

牧野洋先生著「裏返しのメニュー」1984/3発行から抜粋

宮大工の危機

 全国に宮大工と呼ばれる人が何人かいる。この人たちは神社仏閣などを建てることを専門にしており、これには特殊な知識と技能が必要なのである。ところが、宮大工の仕事は年々減ってきており、この人たちは何か他の商売をして喰いつなぎながら、仕事があるときだけ出掛けていくのだという。本人がそういう状態だから、若手の養成など思いも寄らない話で、長年かかって腕を養成しても、使い途がないのでは、若者が志望するはずもないのだ。

式年遷宮

 ところが、こういう話を聞いた。

 神鋼電機の伊勢工場を見学した折りのことである。すこし時間の余裕があったので、技術開発本部の阿部本部長に伊勢神宮の内宮を案内していただいた。ご存じの方が多いと思うが、伊勢神宮では20年に一度、正殿をはじめ、垣内の諸殿舎をすべて新しく作りなおすのである。これを式年遷宮と言っているが、今までの旧殿の隣に、これとそっくり同じ神殿を建て、そこへご神体を移し、古い社殿をとりこわすという大事業なのである。

 一番最近の遷宮は昭和48年10月に行われたが、これに使われたヒノキの原木が13,600本、屋根にふくカヤが23,000束、総費用は50億円かかったと言われている。

 建築技術の粋を集めて建てる神宮のことである。20年ぐらいで建て替えを必要とするほど傷むはずもないのに、どうしてそんな無駄をするのであろうか。

 本部長の解説では、これは宮大工の技能を伝承するための方策なのだという。前と寸分違わない建物を作ることによって、技能を後世に伝えていくのである。そのためには、20年というのは、許しうる最大の年月なのだという。

 私はこの話を聞いて感心した。この制度は1,300年も前に天武天皇が制定したとのことであるが、その表向きの意義づけはどうであれ、そのことによって、少なくとも伊勢神宮の宮大工の技能は連綿として受け継がれているのである。

機械設計のベテラン

 ひるがえって、私の身近にいる機械設計者、いわゆる図面描きの現状はどうであろうか。

 私が大学を卒業して会社に入ったころ、会社には機械設計のベテランと言われる人が何人か居て終日図板に向かって製図していたものである。この人たちが描く図面は、それは見事なもので、たとえば乾電池組立の機械の構想組立図というようなものが三日ほどの間にみるみる仕上がっていくのである。夕方描き始めたはずの図が、次の朝行ってみると線で一杯埋まっている。聞くと徹夜で描いたのだという。

「設計なんてものは徹夜でなきゃできないものさ」と、その先輩は言っていた。

 今、こういう人たちが少なくなってしまったのではないかと思われる。みな偉くなってしまって、工場長だの、部長だのをやっているのである。それでは若い人たちがその後を継いでいるかというと、そうでもないように思われるのだ。

 これには学制の改革も関係している。昔、図面を描いていた人は、平均的に言えば工業高校卒であったのに、今は大学卒である。設計のように経験を必要とする職種で。四年のハンディキャップのあることは大きい。

メカトロニクス

 そのうえ、機械工学そのものが変わりつつある。メカトロニクスだとかCADだとか言って、機械の分野の中にどんどん電子やコンピュータが入り込んできている。一番ひどいのは大学の研究室である。私の研究室もそうであるけれども、大学の機械工学科や精密工学科の部屋の中には大型電子計算機の端末やら、グラフィックディスプレイやら、マイコンやら、で一杯なのである。その中で学生は朝から晩までキーボードを叩いて、ソフトウェア作りに一生懸命なのだ。

 この風潮は次第に企業の設計室にも及んできており、若い機械技術者は図板に向かって図面を描くことよりも、マイコン講座に参加することの方に夢中なのである。

 そのことがいけないとは言わない。それはもちろん、必要だからそうしているのであろう。けれども、もし全部の人がそうなってしまったとしたら…‥これはゆゆしき一大事である。なぜなら、機械屋にキーボードは叩けるかもしれないが、ソフト屋に機械の図面は描けないからである。

設計技術者の養成

 どうしたら機械設計技術者を養成できるか。これは、私の考えでは、動いている良い機械を見せることと、バランスの取れた良い図面を見せることの二つにつきるのではないかと思う。そうして設計のアイデアについて、絶えず討論が行われ、描かれた図面について上司やベテランによるチェックがなされなければならない。そのためには、機械設計者は集団をなしていなければならない。

 いま、いろいろな会社の生技センターや生産技術研究所へ行くと、たいてい設備機械の設計グループがあって、そこには図板が例えば50台並んでいる。これは自動化の底力である。

 しかし、外部に設計を頼んだり、標準化やCADを導入して設計の合理化を図ったり、何よりもその機械を作る必要が減ったりして、だんだん図板の数が減っていくことであろう。そして気がついた時には、まともな機械の図面の描ける人が一人もいなかったということになりかねないのである。

 そうならないようにするにはどうしたら良いか。我々も式年遷宮をやらなければいけないのではないか。

 神社でさえも20年だというのなら、機械設備は少なくとも10年に一回、できれば5年に一回ぐらいは全面的に作りなおしをした方が良いのではなかろうか。管球製造機械や専用工作機械など長年の歴史を持ち、構造も機能も洗練されたものとなってきている。こうした機械を一から設計しなおし、先人の経験に学びながらしあげていくことは、新人にとってまたとない良い教育になるのではないだろうか。

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